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帰らないおじさん 働き方改革

こんにちは、 こめまるです。 帰らないおじさん、と言われて、えっ?俺のことか?と瞬時に思った僕は、現役サラリーマン時代は、残業に明け暮れ、休日出勤はし、まさに好きな言葉ではないが、社畜と呼ばれてもいい、従順な会社員でした。 休...
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定年後 おじさんの迷い

こんにちは、 こめまるです。 今日のテーマは、「定年後 おじさんの迷い」。 定年後のおじさんの迷いは、いろいろあると思います。 僕の場合は、次に2つでした。 まず、 一つ目は、定年後の働き方。 二つ目は、もし再...
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雇用延長 おじさんの憂鬱

こんにちは、 こめまるです。 雇用延長という言葉が、メディアなどによく出てきて目にする機会が増えました。僕自身が60歳を超えて、定年後も働いているから自然と目に付くようになったのか、それとも「雇用延長」という言葉自体の露出が増えたか...
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定年後は一度ゆっくりって

こんにちは、 こめまるです。 現在、スマホに『SmartNews』を入れています。 一日に10分程度チェックするでしょうか。 実は、一時期アンインストールしていました。 理由は、定期的にニュースが流れるのがうるさいと感じた...
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サラリーマンは会社をめざす

緊急事態宣言が発令されてから3週間が過ぎました。当初の5月6日までの期限は延びそうです。 政府にしろ、発令を受けた国民にしろ、何か本気さが感じられません。 特に、緊急事態宣言を発令した時の安倍首相は、むしろ、緊急事態宣言を出したから大変なのだ、というよりも今まで同様、自粛してください、というスタンスで、個人的に拍子抜けしました。
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40歳の私 フロッピーディスクで思い出した自分の仕事

巣ごもり15日目、そんななか部屋の片付けをしました。そうしたら意外なものが出てきました。フロッピーディスクです。フロッピーディスクというと20年ほど前、仕事でよく使っていました。でもいつかから使わなくなり、見ることもなくなりました。果たしてこの中に何があるんだろう?
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起業支援に気を付けろ 改正高年法のヤバイところ

3月31日にこの新型コロナウィルス禍の下、「高年齢者等の雇用の安定に関する法律」(高年法)が通過しました。これは、65歳から70歳までの就業機会の確保を目指した法律で、2021年4月から施行されるそうです。ただ労働問題に詳しい人は取り扱いへの警鐘を鳴らしています。
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定年後 人生は続くよ いつかまで

おいおいおい、そんな黄昏ている場合ですか?あんた、これから20年、30年生きなきゃいけないんだよ。のんびりしている場合じゃないよ。会社を離れてからどうやって生きていくの?人生は続くくんだよ、あの世に行くまで。
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働かない中高年 改造論 そのままでいいの?

40代以下の若手、中堅サラリーマンから、突き上げられている50代以上の中高年サラリーマン。別に好きで働かないわけではありません。しかし、中には、もっと働きたいのに会社から仕事がもらえない人もいるかもしれません。つまり窓際ってやつですか?
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働かないおじさんを考える

僕より数年くらい後輩までは、年功序列が明確にあった世代ですから、20代から30代に掛けては給料は低いけど、ある程度の年齢になったら上がりますと言われて入社し、若い世代を過ごしています。つまり30代くらいまでは、給料以上働いていた、否、働かされていた世代です。
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新型コロナウイルス禍の後のビジネス現場

筆者の牧野知弘氏は、僕と同世代の1959年(昭和34年)生まれ。団塊の世代と第二次ベビーブームの71年から74年の間の世代で、僕が生まれた57年から63年頃までは、80年代になるまで出生数の少ない世代でした。その分、のんびり伸び伸び育った感があります。
シニアライフ

おじさんの夢は 少年の時に見た夢

現在、各種メディアが伝えるところでは、同じ企業に再雇用という形で勤める方が一番多いようです。一昨年あたりで8割の人が、一旦勤めていた会社を定年退職して、契約社員や嘱託社員として同じ会社で働いています。僕も定年後はその道を選びました。
シニアライフ

70才定年で心配する現役世代へ

傾向としては次に2つです。 1、高齢者が長く働くことで自分たちの仕事やポストが奪われたり回ってこないのではないか。 2、自分たちの世代は、確実に70歳まで働かなければならない。
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サラリーマンに自由はあるか 退職して半年で思う

実は、僕はサラリーマン時代の定年までの35年間に、1日も有給休暇を取っていません。しかも勤めた会社には、有給を買い取るという仕組みもないので、全く権利を放棄したのです。もちろん自分にそんな意識があったわけではなく、経営者に洗脳されていたのです。 当時の経営者は、人間的には尊敬できる人でした。
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僕は過労死しないで生き残った

疲れてくると思考力が落ちます。3店舗は、大阪でも泉州地区にあったので、ほとんどクルマでの移動でした。 時にふっと一瞬寝てしまうこともありました。また単身赴任なので食事の用意は全て自分でやっていました。 当時の生活は、5時半頃起床。朝食を自分で作って食べ、7時には出勤していました。
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