定年後 インターネットで叶えた僕の夢

生きるということは、嫌なこと、辛いことなどが8割で、残りの2割が楽しいこと、嬉しいことだと思っています。だから、37年間という長いサラリーマン人生を歩んでこれたと思っています。さて、僕には少年の頃から憧れていたことが、いや夢といった方がいいかな、 とにかくそういうものがあり、これがインターネットの出現により実現可能になりました。

年賀状 出す、出さない論争について

年賀状は、人間関係を維持する大切なツールです。しかし最近はSNSなどの発達で、不要論なども出ています。でも年に一回だけの情報交換も大切なコミュニケーションと思えば、自分から止める必要はないと思います。定年後、60歳も過ぎれば好むと好まざるで、千歩から届かくなる時がやってきます。自然に任せるのが良いと思います。

定年後の再雇用も悪くない 働き方次第と65歳以降の計画が大切

定年後に再雇用で働くことも悪くない思います。ただその場合は、漠然と働くのではなく、夢、目標、目的にあった働き方が良いと思います。人生は有限です。やりたいことがあれば65歳でやるよりも60歳から始めた方が良いです。定年後は再雇用でいいやと思っている方はぜひ一度立ち止まって考えてみることが良いと思います。

ミッドタウン クリスマス 2019 妻と二人で

12月8日に僕の甥が結婚式を六本木で挙げるというので、僕と妻が招待され、行ってきました。会場は、六本木駅から外苑東通りを乃木坂方面に5分ほど行ったところ。と言っても途中脇道に入るので、妻などは、僕の後を付いてきていると思ったら、途中居なくなってしまった。妻から連絡があり、どこに行ったのよ!というのお前こそどこだよ、というやり取りがありました。

結婚式のスタイル 人前式に出席して

昨日、37歳のなる甥が六本木で結婚式を挙げました。妻と二人で出席しました。 その結婚式のスタイルが、人前結婚式というスタイルです。そんなスタイルの人前結婚式に初めて出席しました。人前結婚式とは、ゼクシィによると形式や格式にとらわれず、列席者に結婚の証人となってもらうスタイル。二人だけのオリジナルな手作り感覚な結婚式。

ジョン・レノンが教えてくれた

12月8日は、元ザ・ビートルズのメンバーだったジョン・レノンの命日でした。 1980年12月8日の夜11時すぎにファンを自称する男の凶弾に倒れ、帰らぬ人となりました。僕は大学近くの喫茶店でアルバイトしていました。 当時大学4年生。就職活動は一応行いましたが、採用されることもなく悶々としていた時期です。

定年後 再雇用 僕が経験した現実と葛藤

会社に雇用義務があるからと言って給料などの雇用条件は、ほぼ会社側の意向です。その条件が厳しいもの、例えば給料は半分になる、週3日だけの勤務、閑職への異動など、条件を突き付けられ、嫌なら辞めてもいいよ、というスタンスです。僕の場合、給料は2/3、業務内容そのまま継続という条件で、悪くないものでした。でも自由がないのです。

60の手習い アルバイトからわかったこと

高校生や大学生の時には、いろんなアルバイトをしました。その時、仕事を憶えるのに苦労した記憶があまりありません。すぐ辞めたのは英語の教材を売る仕事くらいかな。しかし、60歳を過ぎて始めたアルバイトは、なかなか憶えられません。多分毎日入れないので連続性がないからではないか?と思います。それを解決するには、

60歳 投資よりも働いて稼ぐ 起業とアルバイト奮闘記

僕は投資信託に1年ほど預けていましたが、毎月の報告では一時期元本割れしていました。その時は、担当女性から電話があり、いまは静観の時期です、と伝えてきました。僕も元本割れした時は、これは解約しかないと決めました。元本割れは、精神的にも良くないのです。そこでマイナス分のデッドラインを決め、これ以上マイナスの場合は解約しようと決めました。

50代でダメになる男 人生を楽しむためには

「まず表情ですね。やっぱり暗い表情、眼差しで他人を見透かそうとしているような方は、次第に銀座でもお顔を見なくなります。相手の言葉に否定から入り、そのくせ自分の常識を疑わない。尊大なのに、どこか自信がなくて、自分が好きと素直に言えない。逆に自分が好きで生き生きしている方は、表情も明るく、誰に対してもフラットで場が華やぐんです。」