こんにちは、
こめまるです。
前回の記事
の最後は、
男性は、退職まであと残り数年。評価も給与も右肩下がりだという。そうした中で成果を求められたり、モチベーションを上げろと言われたりする日々を過ごす。世の若者たちに対して、「今怒っている方の多くは働かない中高年になりますよ。安心してください」と持論を述べている。
おいおいおい、そんな黄昏ている場合ですか?
あんた、これから20年、30年生きなきゃいけないんだよ。
のんびりしている場合じゃないよ。会社を離れてからどうやって生きていくの?
人生は続くくんだよ、あの世に行くまで。
働かないなら働かないで、なんかやっておいた方がいいことあると思うよ。
働かない中高年は確かにいる
私が以前30年以上も勤めていた会社は、中小企業ということもあり、年配の社員も、いやベテラン社員ほど働いていたという印象があります。
その中にも自分も含まれていますが、理由は簡単で、若い社員が入ってこない、入ってきても育てられなかったためです。
つまり働かざるを得なかったというのが本当のところです。
だから、働かない中高年社員がいても会社が続いていれば、もしかしていい会社なのかもしれません。
前出の中高年社員が、若い社員に、いずれは君たちも働かない中高年になるよ、というのは、むしろ凄い自信と言うか、逆に能天気で何も考えていないことが露呈しているわけです。
つまり雇われている側なのに、会社が続くと単純に思っていることです。
私が学生の頃、大手家電メーカーに就職した友人たちは羨ましかったです。
ああ、これで一生安泰かと。
しかし驕る平家は久しからずやです。
現在、そのような会社は苦境に立たされています。
時代は流れています。
だから現在、企業の中で働かない中高年と言われているの人たちは、いずれその企業を退職し、その時初めて、あの時何か準備をしておけばよかった、と後悔すると僕は思います。
人は誰でも働きたい
私は自分ことを棚に上げ、定年後は転職か起業をすすめています。
私は、定年後すぐではなく、2年弱ほど再雇用で働きました。この経験は無駄ではなかったと思います。一応再雇用で契約社員として働いたという経験を持つことが出来たからです。
私の定年後の生き方は、「毎日、わくわくどきどきして生きたい」です。
再雇用で働くということは、それがなかった訳ではありませんでしたが、やはり雇われてい働くというのは、わくわくどきどき感よりも、いやいやだめだめ感がの方が強かった感があります。
また、私が定年後の転職をすすめるには、ある人を見てからです。
その人を仮にNさんとします。
Nさんは、定年まで、大手百貨店の外商担当をしていました。
その百貨店は、前の会社の最大の販売先でもありました。
その百貨店は、退職金もそこそこ出ますが、再雇用で働く場合は、全く違う部署に異動させられることが多く、しかも給料も半分くらいになるそうです。
外商員時代のNさんは、はっきり言って仕事を一生懸命やるタイプではありませんでした。
展示会などで顧客を呼んできては、一緒にただ飯を食べて、お酒まで飲んで、しょうがない人だな、と思っていました。
そしてNさんも定年になりました。伝聞によると再雇用の条件が合わず、百貨店を退職したと聞きました。
そんなある日、Nさんとばったり会ったのです。
以前のくたびれたスーツ姿ではなく、作業着姿でしたが、なんかいきいきしていました。
なんでも、百貨店の提示した再雇用の条件が、倉庫担当で、給料も半分以下になるというものだったそうです。Nさんは外商部に残りたかったようですが、結局退職したそうです。
そうしたら、以前の会社の先輩が声を掛けてくれたそうです。
その先輩は、50代で百貨店を退職し、自分で清掃業を始めたそうです。仕事も徐々にですが伸びてきて、人手が足りなくなったので、Nさんに声を掛けてくれたそうです。
「仕事は百貨店の時よりきついけど、体も動かすのでいい運動になるし、すっかり体重も減ったよ。」とウエスト周りを指さしました。
「給料は、百貨店に比べ全然少ないけど、ストレスもないし、毎日ちゃんと仕事があるから楽しくやっているよ。君も転職した方がいいよ」と言われました。
そういうNさんは、百貨店時代のぼんやりした感じから、人が変わったように生き生きとしていたのです。
最後に
人生は、どう生きようとあの世に行くまで続きます。しかも現代は、簡単にあの世になかなか行けない時代です。
ボンヤリ生きるも、わくわく生きるも、はらはら生きるも同じ人生です。
どうせなら、日々、わくわくどきどきしながら生きたいものです。
それには、働かない中高年と言われている時に、準備しておいた方がいいと思います。
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