定年後の退職 辞めてからやっと気づく失ったものとは?

退職後になってやっと会社員時代に失ったものに気づくそうです。 会社員時代には面倒だったことが、 実は生活のリズムになっていたことが気付きます。 毎朝の起床時間、通勤電車、朝の上司や同僚との挨拶、 同僚との会話、朝のコーヒー、パソコンの立ち上げ、メールのチェック。 僕の場合は、半年先、1年先の企画のための情報収集。 今日のスケジュール確認、 来週の会議資料の作成、 関連部署との意見交換、

定年後 いくつまで働いますか? 僕は老後をなくせばいいと思う

あなたはいくつまで働きたいですか? こんばんは、ともやんです。 実は、僕は前々から体が動く限りは働きたいと思っています。 働くと言っても雇われる働き方もあれば、自営もあります。 どんな形態にあろうと働きたいと思っています。 理由は、 まず、経済的に必要だから 次に、健康のため そして、最後は生きがいのため

定年後 誰のために働くのか?モチベーションをどこにあるのか?

先日、会社の同僚たち5人と飲みました。 飲んだと言っても、この年齢(61歳)になると昔のように痛飲なんてことはありません。 ささやかな飲み会でした。 メンバー、僕も含め3人が定年退職者でみんな再雇用者。 お二人は、僕の先輩で、65歳と62歳。 あとの二人は40代ですが、一人は正社員で、ただ一人女性は契約社員でした。 その中で、先輩二人が、一緒に働く後輩たちを助けることをモチベーションにされていることを知りました。 僕は、以前そんな考えを持っていましたが、今は違います。

定年後 知らないと損する高年齢雇用継続給付 給料が下がるともらえる

「高年齢雇用継続給付」と「失業給付」は、雇用保険加入者を対象とする制度です。「失業給付」は、定年を迎えた後でも働く意欲がある限り、もらうことが出来ます。ただし、退職後1年以内にもらうのがルールです。定年退職後、継続雇用を続けて65歳以降に失業した場合は、高年齢求職者給付金をもらうことになります。同じ、雇用保険から、働き続けてもらえるのが、「高年齢雇用継続給付」です。これは60~64歳だけが対象の制度です。長年雇用保険を払ってきたのですから、せひともこの給付をもられるよう、制度をよく知っておくことが大切です。

定年後 失業給付 働く意欲があるなら64歳までが受給額が高い

僕は、定年一年前には、定年で退職するつもりでしたから、 失業給付について一通り調べました。 それでも、妻に退職後すぐ別の仕事をするが、すぐ職が見つからなくてもこれだけの失業保険が支給されるというを伝えて、一応了解をもらっていました。 こんな妻とのコミュニケーションも良かったのではと、今では思っています。

定年後 自分自身が「無意識の偏見」に捉われていないだろうか?

昨今、問題になった東京医科大学の不正に入試は、とんでもない話ですが、これはひとつの「アンコンシャス・バイアス(unconscious bias)」訳して、「無意識の偏見」があったと思われます。例えば、「女性は地図が読めない」「女性は理系に向かない」「障がい者には簡単な作業を」などの、思い込みも「無意識の偏見」と考えられます。同じく高齢者を見る目にもそれが当てはまるような気がします。実際、以前の僕は、自分に対して「無意識の偏見」を持っていたと思います。

定年後 もらえるお金の制度 知らないと損する仕組みがある

定年後に年金生活を送る場合、年金の支給額よりも、生活費などとして出ていくお金の方が多いのがほとんどです。もちろん、年金だけで生活している人もいますが、少数だと思います。僕自身もそのつもりでいて、おすすめするのは、定年後も働いて、生活費は自分で稼ぐということです。そして、年金は働けなくなった時のために貯めておくと安心です。でも、何も考えずに現役時代と同じようにしていると、老後破産なんて事態になりかねません。今日は、定年後にもらえるお金の3つの制度をチェックしてみます。

定年後 もらえるお金と払わないといけないお金のことを知ろう

手取り額しかみていない人がとても多いようです。実は私もそうなんです。給料や手当がいくら支払われ、社会保険料や税金、その他の経費がいくら天引きされているのかに対して無頓着な人が多いようです。でも、定年を迎えたらそういうわけにはいきません。今日は、定年後に「もらえるお金」と「払うお金」について考えたいと思います。

定年後 仕事があることに感謝 昨年の勤労感謝の日に考えたこと

勤労感謝の日は、1948年(昭和に23年)に公布・施行された国民の祝日です。ただ、歴史は古く、農業国家であった日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習がありました。そしてその収穫物を国家としてもこれからの一年の養う大切な蓄えになることから、収穫物に感謝をする大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった新嘗祭(にいなめさい)の日と言うものがありました。その新嘗祭が敗戦後のGHQの政策で天皇行事から切り離され、「勤労感謝の日」として改めたられたのでした。