高橋大輔選手の復帰から学ぶ 定年後の働き方 お金じゃないんだよ

フィギュアスケーター高橋大輔選手が、4年ぶりに現役に復帰し、 先日行われた2018年全日本選手権で見事2位に入り、表彰台に立ちました。 本人も「俺が2位なの!?」と驚いていましたが、 正直な気持ちだったと思います。 そしていろんな憶測も飛んでいますが、 その権利がありながら世界選手権を辞退しました。 その辺は本人でしかわからない部分ですが、 僕は、この高橋大輔選手の姿勢に、 定年後の働き方のヒントを見たように思います。 そこで、高橋選手の行動を見て、 僕なりのに学べる点を考えたいと思います。

高齢者ドライバー 自分だけ大丈夫はありえない 現実を直視すべき

会社の昼休み。 僕と同じく定年退職して再雇用で働く先輩と たまたま同じテーブルになり、 久しぶりだったので、 話が盛り上がりました。 先輩は、僕より1歳年上の62歳。 直属の先輩で、上司でもあった人で、 もしかして、会社内では一番付き合いの長い人かもしれません。 さて、気が付けば、いつまで車の運転する?という話題になっていました。

もしも職場に70歳の人がやってきたら そういう時代はもうすぐ

僕が入社した1982年の職場には、 社長以外は、みんな40代以下で若い社員ばかりでした。 45才の常務を筆頭に部長で35歳でした。 だから今から思うと、職場は活気にあふれていました。 もっとも、若い独身の男女も当然多いので、 男女間の問題はいろいろありましたが。 そして現在、職場の中心は40代です。 やはり良く言えば落ち着いていて、 悪く言えば、活力が不足している感は否めません。

定年後 会社の中は社会の縮図 高齢者は嫌がられ疎まれる

芦田愛菜が、テレビコマーシャルで、 60歳以上は4,000万人というフレーズを発するものがあります。 なんのCMか忘れるくらい、その60歳以上が4,000万人というインパクトは強いです。 えっ!?そんないるんだ。 そうそんなにいるんです。 街を歩いていても、会社の中でも、 年配者を多く見ます。 だった人口の1/3が60歳以上なのですから。

定年後 人生の4分の3が過ぎた 一緒に最後の旅をしてくれる友

僕は、現在61歳。 いつか生涯を終えるのですが、 それはいつかわからない。 ただ、自分の体力と語り合うと、 事故や災害に巻き込まれなければ、あと20年が生きれそうです。 つまり現時点で、人生の4分の3が終わったことになります。 そこでどう生きるか考えてみました。

高齢者 衰えを認め受け入れる アンチエイジングに潜む怖さ

先日、昨年だったかな、 右肩が一時痛くて思うように上げられませんでした。 また、1ヵ月前に左足の付け根に違和感がありましたが、 1週間ほどで、消えました。 その後2週間ほど経つと、 左足の甲が痛くなり、 歩くのも使い状況でした。 でも、2,3日で消えました。 僕は、これは体が出したメッセージだと思う、 より養生に努めたいと考えています。

60歳 身体の衰えは「諦めること」と「治めること」が大切

50歳を過ぎる頃から気づくことがあります。 何かというと体力の衰えです。 仕事をしていても、前までは残業などしても あまり疲れを感じなかったのに、あれ疲れたかな、と感じるようになります。 また、熟睡出来ずに夜中に目を覚ましたり、 朝早く起きてしまうこともあります。 50代の時は、まだ青かったのでしょうか? それを治そうとする自分がいました。 でも60歳を過ぎると、僕はあることに気付きました。

定年後 僕の人生は自分に戻ってくる 誰のために生きるか?

長く会社員生活を送った人が、最期の時に、しみじみと思うのは、 ああ、サラリーマン生活を真面目に送って幸せだった、 残業も休日出勤も厭わず、会社のために一生懸命働いた、 ああ、俺はなんて幸せな人生だったのだろう! とは、絶対に思わないだろうと思います。 なぜなら、それは生きるための手段だからです。 では生きるとはなんだろう、そして目的とななんだろうと思います。 今日はそれについて考えたいと思います。

クリスマスの東京ミッドタウン 中高年も萌えるイルミネーション

クリスマスがやってきました。 今週末はピークですね。 僕が、通勤でいつも歩いている東京ミッドタウンも 鮮やかなイルミネーションを求めて、 夕方以降、人が増えてきました。 明後日の22日からは、通行規制も行うようです。 そうなんですね、毎年、クリスマスシーズンになると、 カップルや友人たち連れだって、イルミネーション見物で人が溢れ、 ミッドタウン周辺は、大変な盛り上がりになっています。 僕は、11月中からここをチェックして自分のブログでも発信してましたが、 直前の模様をレポートしたいと思います。