定年一覧

60代 生き方 やりたいこと できること

僕は、一般的なサラリーマン人生を送ってきました。ただ、勤めていた会社は、中小企業で当時の経営者は、叩き上げで自身が会社を大きくした人だったので、記憶に残る語録だけでも、労働こそ尊いという人でした。 だから、定時にあがるなんてもってのほかで、有給なんて悪だ!という人でした。そんな風土の会社で37年間も働いてきたので、実は一番うれしかったのは定年を迎えたことでした。

シニアとは

シニアという言葉を良く聴くようにありました。 僕は50才を過ぎるころから耳にするようになりました。 それは自分がシニアになったからです。 ただシニアの定義はあいまいで、明確な決まりがある訳ではありません。

熟年離婚 その末路を考えると、経済的にはしない方がお得!?

熟年離婚。 今から10数年前によく出てきた言葉ですね。ネット検索の件数を見ると2005年から7年がピークのようです。 でも今でもコンスタントに検索されるようで、しっかり定着した言葉ですね。 さて、熟年離婚と言うと定年後の何もできない夫が、どこに行くにも妻にくっついてくる「濡れ落ち葉」化して、それがうざくて妻側から「別れましょ」というイメージがありますが、今は違うようです。

定年後 稼ぐ力がモノを言う

高学歴ニートに対して、なんだかんだと言って、定年まで働いた人には稼ぐ力が備わっています。定年まで働いたということは、嫌なこともやってきた訳です。高学歴ニートにように、自分のやりたい仕事しかやらないというようなわがままは言いません。

人生100年時代 働けるだけ働いてやれ

生まれた時代、 生きてきた時代は変えられませんね。 そしてその人の人生観、 生き方は、その人が生まれ、育った時代から かなりに影響をうけていると思います。 僕は、東京オリンピックを 2度体験できるもっとも若い世代です。 1964年(昭和39年)の 東京オリンピックの時は、 小学1年生でした。 毎日、授業が終わったら 小学校から走って帰宅して、 小さい白黒テレビを夢中になって観ていたものです。 その頃は、僕の住んでいた田舎の街には、 野良犬がうろつき、トイレは汲み取り、 人生50年と言われていた時代でした。

サラリーマン 会社を辞めるか、残るか迷った時に考えるポイント

多くの人は、20代で仕事を憶えて、 30代で、企業の最前線として働き、 40代は、プレーイングマネージャーとして管理職も兼任し、 50代では、管理職として企業の経営にも携わり、 60代で、後進の指導にあたる、 なんて、スムーズに会社人生を歩む人は少ないでしょう。 特に40代に入ってからは、出世争いに敗れたり、 私生活でも、住宅ローン、子供の教育費、親の介護なの、 大変な年代になり、このままこの会社で働くべきか、辞めるべきか、 などと悩む時期でもあります。

企業戦士の死

おはようございます、 ともやんです。 還暦まで104日。 35年も会社員をやっていますと、途中で取引先や社員で亡くなった方...