定年後一覧

60代 老齢の入口に立ってお手本を見つける

自分が60歳を過ぎて、しかも定年後や老後の生き方に関心というよりも切実だからか、やたら定年後や老後や年金関連の書籍や雑誌に目が行きます。もしかして人類誕生以来初めて経験する人生100年時代という未曾有の長寿社会を迎えたから、60歳なり、65歳なりの人口が増え、重要が増えたため、そういう書籍が増えているというのが現実ではないかと思うのです。

60才 働き方 アルバイトの掛け持ちは暴挙か刺激か

僕は、8月から量販店の家具売り場でアルバイトしています。2ヵ月経って、大分慣れてきました。週3日ペースなので慣れるには、やはり2ヵ月間は掛かります。ただ、慢心しないで接客しないとお客様を怒らせることもあるので、気さくにでも十分注意してお客様の観察もしながら働いています。また、親しき中にも礼儀ありですから、もちろん一緒に働く人たちも愛と敬意を持って接して行こうと決めています。

60歳 仕事 働き方を考える

それは、大江氏がセミナーでお金について質問したところ、ほぼ全員が必要なもの大切なものと考えている反面、その半分くらいの人が、お金とは汗水たらして稼ぐもの、そうでないものは汚いものという意識を持っているということを書かれていました。つまり体を動かして汗水、時には涙を流して得るお金は、貴重だが、投資や株などで儲けるお金は、汚いという意識のようです。

定年後 人生で自由になる絶好のチャンスなのに

Yahoo!知恵袋などのお悩みご相談サイトを見ていると、当事者にとってはお金の悩みが一番多く、周囲の悩みとしては、四六時中にとって家に居られて困るという相談が多いように感じました。これを一発で解決できる方法があります。それは働き続けるということです。しかし、再雇用や転職となると拘束時間がそれほど変わらないのに、収入が2/3から半分ほどになってしまいます。

怪談 退職後 前の会社の幻影に怯える日々

会社支給の携帯電話を持つようになって20年ほど経つでしょうか?最初は便利と思っていましたが、常に見えない会社からの紐が繋がっているように感じます。投書は、他の部署などと情報の共有化が出来ると喜んでいましたが、これは完全に繋がれた犬状態です。土日祝日だろうが、自分の休みの日だろうがおかまいなく、会社からのメールが届きます。

定年後の趣味 おすすめ 合唱団でマタイ受難曲を歌う

人生は一回限り60歳も過ぎればいつ終わるかわかりません。 もしあの時躊躇して入団していなければ、いまだに登山口でうろうろしていたでしょう。 でも入団してマタイ受難曲の一回歌ったことで、ようやく五合目あたりに来た感じです。 でも頂上はまだまだ。 マタイ受難曲の魅力にハマり、もっと頂上を目指したくなりました。 僕はちゃんと調べていませんが、マタイ受難曲演奏する団体も増えているとか。

定年になってわかる 会社組織における役職者の役割

会社員における役職とは、役割分担のことです。 複数人が集まる集団では、みんなが勝手に行動してはまとまりがなくなり、効率の良い仕事が出来ずに、結果として効果も発生しません。 だから、集団の中でメンバーの行動を導く役目の人が必要になります。 その仕事を担うのが役職者です。 集団の規模によって違いますが、数人から数十人の課があり、そのいくつかの課をまとめる部があり、その部の集まりが会社組織となります。

定年後再雇用 退職すれば永遠の別れに

僕は、定年後の再雇用で働きだして2年目です。色々あって、丸2年も経たずに退職することにしました。僕は、前々から惜しまれて辞めるうちが花と思っていました。それは、自尊心を満たされることえでもあるのですが、一番は、まだまだ使える存在だということを暗に感じるからです。つまり次の仕事に変わってもまだまだ出来るな、と言われているように感じるからです。

定年後のおすすめ 新しいことを始める 蘇る新人時代

「え!?61歳!若いですね。うちの若手じゃないですか。」 と自己紹介した時の周りにいた人たちのリアクションです。 言われた僕の方が驚きました。 だって、会社ではじんさん呼ばわりですから、驚くのも当然です。 それは、僕が昨年8月の入団した合唱団での歓迎会での光景でした。

シニア起業 人生100年時代にはトリプル・キャリアという考え方

僕は、定年を迎える1年ほど前から、ブログを書き始めましたが、最初の頃がまるで日記で、アクセスも集まらず、僕自身も真剣みがあまりなかったように感じます。でも、懲りずに毎日書いて、今では600記事になりましたが、まだまだめざすアクセス数には足りず、指示されていないなぁ、と感じています。それは発信内容が充実していないわけで、ネットでブログを読むなんて、なにか悩みを抱えている人しか読まないわけで、現時点では、僕のブログはそれほど役に立っていないということになります。