定年後の人生 イメージと現実の違い

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こんにちわ、
こめまるです。

僕の祖父は、僕が大学2年の時に72歳で亡くなりました。

僕は、帰省するお金がなくて葬式には行けなかったけど、その後毎年のお盆の墓参りだけは、欠かしたことはありません。

そして、自分が60歳になってふと思ったのですが、僕が大学2年の時に72歳ということは、僕がよく遊んでもらった幼少の頃は、祖父は、まだ50代の半ばだったということです。

つまり祖父は、僕が幼少5~6歳ころの記憶では、働いていたようには見えませんでした。

それも近所の人とよく囲碁や将棋をやったりのんびり暮らして様に見えました。

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定年後の人生 50年前の祖父の姿と現在の自分を比べて

一方、僕の50代の半ばというと一番忙しい時で、イベント関係のチームを引っ張るリーダーをやり、残業、休日出勤を厭わない、猛烈サラリーマンでした。

祖父と僕の50年の年月の経過は、世の中を大きく変えていたのです。

僕が、現在の会社に入社したのは、1982年、24歳の時でした。

 

その前年に就職活動をしていたのですが、当時は、ほとんどの会社の定年が55歳で、しかも年功序列が当たり前で、年齢と共に給料が上がるシステムでした。

会社要項には、年収が年々上がるグラフが、掲載されている企業もありました。

だから、入社してすぐ加入した生命保険は、ある程度の年齢になると掛け金が上がるというものでした。

また、住宅ローンもある年齢から支払額が上がるというものが多かったように思います。

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定年後の人生 年功序列や定年の延長はいつから?

つまり、若い時は、働きに比べ給料は少ないけど、我慢して働き続ければその内、給料が上がるという仕組みが、80年代ではまだ続いていました。

僕より5年遅く社会に出た妻は、大手自動車メーカーに勤めていましたが、当時はまだ仕事中にのんびり新聞を読んで、退社時刻と共に帰宅するおじさんたちが、何人もいて、

ちゃんと働きもしないで給料もらいあがってと憤慨したものだと妻は僕に語ったものです。

でも、この年功序列や55歳定年制も90年代に入り、バブルの崩壊と共に成果主義への変化して行きました。

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定年になって、もっと働きたくなった自分を発見

僕は、93年に35歳で結婚し、わずか4年間で3人の父親になりましたが、日々を生き抜くのに必死で、定年なんて考えられませんでした。

僕とは関係なく世の中は動き、90年代には60歳未満の定年制度は法律で禁止され、98年から施行されました。

そしてそれから15年経った2013年から、企業は希望する社員を65歳まで雇用する義務が定められたのです。

僕は、逃げる定年を追いかけるように生きてきたように思いますが、実際に定年になって捕まえたと思った瞬間、今度は、定年=退職という考えがなくなっている自分を発見しました。

最後に

僕は、見かけはハゲのおっさんですが、思ったより元気なのです。

多分、多くの定年を迎えた人々は、若いころ思い描いてた60歳のイメージよりも、自分が意外と元気だということを認識すると思います。

だから、僕は定年というゴールを通り過ぎた途端、つぎのゴールが欲しくなりました。

つまり働き続けるということです。

いまは、いくつまで働けるかを考えて、少しわくわくしています。



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