同窓会 50年目に知った友の死の謎

こんにちは。

ともやんです。

僕の小学校時代の同級生は2クラスで70名いました。
僕は昭和32年(1957年)生まれて、団塊の世代から10年近くなので、当時としては出生数の少ない年代でした。

だからなのか、みんな仲が良く、4年に一度のオリンピックイヤーには、同窓会を開催しています。

さて、前回の同窓会で中学生以来、40数年ぶりに再開して、お互い連絡先を交換した友人Y君から、今度上京するから会おう、という連絡が入りました。

彼には、三人のお嬢さんがいて、その内の二人が東京にいるので会いに来るとのことで、彼が東京に着いた晩に会うことにしました。

そして彼の口から50年前に亡くなった友人の謎を知ることになりました。




同窓会 語り合った 同級生の消息

お互い、中学を卒業してからは交流がなかったので、どうしても話題は、小学校時代の話になります。

意外と彼に少し上の姉がいたこととか、父親が彼が十代の内に亡くなったいたこと、
また、彼が僕が上京して大学に行っていたことを知らなくて、こうやって会うのも不思議だよな、なんて話をしていました。

そしてお互い同級生の消息について語り合いました。

と言っても、故郷にいる彼がもっぱら話すのをほとんど僕が聞くというものでした。

同級生70人の内、今まで他界したのが4人ということがわかりました。
小学6年で一人、40代で一人、50代で一人、60歳を超えた最近一人ということでした。

62年生きてきて、70名の内生存は66名というのは、どうなのかわかりません。

ただ、彼からその他当時の同級生たちがどんな人生を歩んだのか、ポツポツ聴くにつれ、お互いひとまず幸せな人生を今のところ送っているな、と語り合いました。



同窓会 小学六年に交通事故で逝った友人の謎

Y君との思い出話で、一番驚いた、しかも50年目にして初めて知ったことがありました。

それが、小学六年に交通事故で逝った友人M君の謎です。

M君は、小学6年の夏休みに自転車に乗って交差点に飛び出したところをトラックに撥ねられて亡くなりました。

僕は、彼が亡くなる数日前の町内の野球大会でセカンドを守っていた姿を今でも毎日のように思い出します。

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多分、彼が亡くなったと聞いた時、その数日前に見た彼の姿が焼き付いたのでしょう。

M君の通夜に行った晩、彼が、横たわっている姿を見ていまにでも起き上がりそうと錯覚したこと思い出します。

実は、僕はM君の当日の行動をいままで全く知らなかったのです。
そしてY君からM君の当日の衝撃的な行動を知り、それは何かM君の悲運と繋がっているのでは、と感じてしまいました。

M君が亡くなったのは、8月の暑い午後でしたが、その日Y君は、小学校で飼っているうさぎの飼育当番で、午前中は学校にえさや水、うさぎ小屋の掃除に行きました。
彼以外にも2、3人いたそうです。

そして小学校にいって驚いたのが、M君一人がポツンと教室に座っていたそうです。
どうやら登校日と間違えて来てしまったようです。

「なんか知らんけど、学校に来てしまった。」
とつぶやいたそうです。

そして皮肉なことに彼が小学校に来た最後の日になったのでした。

その後の彼の行動はわかりません。
しかし、Y君からは、I君の家から帰う途中で事故の遭ったと初めて聴きました。



最後に

4年に一度の同窓会に行くと、渡される名簿の中に今でもM君の名前が載っています。
同級生の誰もが、M君のことを忘れていません。

M君が亡くなって数ヵ月が経った頃、担任の先生が、M君のおかあさんが、みんなに遊びに来てほしいと言っていると言われ、同級生数人でM君の家に遊びに行きました。

M君のおかあさんは、お菓子などでおもてなしをしてくれました。
そして僕らが、お菓子を食べたりしゃべったりしている姿を悲しそうな微笑みを浮かべながら見ていました。

僕は、いまでもあのM君のおかあさんの悲しそうな、寂しそうな表情を忘れることは出来ません。

M君はなぜ、誰もいない教室に行ってしまったのでしょうか?



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