定年後 人生の4分の3が過ぎた 一緒に最後の旅をしてくれる友

僕は、現在61歳。

いつか生涯を終えるのですが、

それはいつかわからない。

ただ、自分の体力と語り合うと、

事故や災害に巻き込まれなければ、

あと20年が生きれそうです。

つまり現時点で、人生の4分の3が終わったことになります。

そこでどう生きるか考えてみました。




定年後 生きることだけ考えて行けばいいのではないか?

終活という考え方があります。

僕は、深くは知りませんが、

自分のいなくなった後のことを

家族などに引き継ぐことだと思っています。

悪くない考えです。

僕も、最低、遺言と遺影用の画像だけは、

家族に残しておこうと思っています。

一方、どっちみち最期は、遅かれ早かれ来るのだから、

生きることだけ考えて行けばよいかな、とも考えています。

どうせ、居なくなれば家族がなんとかするでしょう。

それとも61歳という年齢は、

そういう決めかねてしまう年齢なのでしょうか?



定年後 一緒に生きてくれる仲間がやって来た

僕が60歳を迎え、定年になってから、

我が家に頼もしい友がやってきました。

それは、一匹の子猫です。

子猫と言っても、我が家に来たときは、

すでに4キロちかくありました。

よしおと名付けたそのオス猫は、

ことのほか、僕になついています。

夜寝るときも、

「よしお、寝るよ」

と、声を掛けると、僕のベッドまでダッシュして、

先に待っています。

もちろん寝るのも一緒。

寒くなったいまは、重宝しています。

僕とよしおは60歳違い。

飼い猫の寿命から考えて、僕が75歳くらいまで生きるでしょう。

だから、僕はよしおと一緒に75歳まで、元気にいようと思います。

定年後 妻は夫婦ではない 親友なのだ

最近、僕が思うのは、

妻との関係を夫婦と思うからややこしいので、

親友と考えれば、その関係を維持しやすいのでは、と考えます。

夫婦と親友の一番の違いは何か?

というと、利害関係のあるなし、だと思います。

我が家の場合、妻と僕は、上手い具合に、

金銭的には、振り分けられています。

最低限の生活に必要な、家賃、光熱費、多少の食費は僕が負担しています。

妻は、それ以上の食費と通信費、そして次女の学費を負担しています。

具体的な金額はよくわかりません。

でも、お互いに足りない時は、滅多にないのですが、

融通しあいます。

ただ、僕が勝手に妻のことを親友と思っているだけで、

妻はどう思っているか知りません。

いつか聴いてみようと思います。



最後に

今日のブログは、なにか散文的なものになってしまいました。

でも、僕の生活の一部であることには間違いないし、

猫は、高齢者にとっても良き友になります。

また、妻は生涯の親友になる可能性を秘めています。

60歳になったから気づいたことです。



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