敗戦記念日 生きた時代

おはようございます、ともやんです。
還暦まで20日。

今日8月15日は敗戦記念日です。

終戦記念日とも言いますが、僕は敗戦記念日と言います。

理由は、戦争に負けたことで、もう戦争を起こさないということを
常に認識行くために敗戦と明記した方が良いと思うからです。

1945年(昭和20年)8月15日昼の天皇放送によって、太平洋戦争という
悲惨は歴史が一応、終結しました。

ただ、実際は日本が降伏したと全世界に告げたのは日本時間の8月14日なんですね。

だからアメリカやイギリス、その他の連合国側においては、大日戦争の勝利は、8月14日になっています。

国内では、翌日の15日に天皇放送によって一気に知らせたのです。

作家の大岡昇平さんは、フィリピンの捕虜収容所に入れられていたそうですが、アメリカ軍は14日の晩にドンチャン騒ぎをしていたそうです。

作家の半藤一利氏の著書「昭和史 戦後篇」によると、半藤氏は、戦争が終わって「よかった!」という感情より、突然目の前が真っ暗になって、頭にガツンと大きな衝撃を受けて茫然自失といった感情がまずやってきたそうです。

それから滂沱として涙が流れたそうです。

悲哀の涙なのか、悔しさの涙なのか、それぞれ人によって違うが、

一億、涙滂沱といった状況だったそうです。

たしかプロ野球の野村克也氏でしたか、生きた時代は変えられない、と言ったのは。

当たり前と言えば、当たり前ですが、人は自分の生きた時代の価値観と違う時代に生きている人との価値観との違いに違和感を感じるのでしょうが、特に戦争を体験したした人とそうでない人とは、大きな隔たりがあるのではないかと思います。

作家の故野坂昭如氏、五木寛之氏は、戦中派、戦後派、戦無派の三世代に分けていましたが、僕はどちらかというと戦後派と呼ばれる昭和ヒト桁後半生まれの人達に共鳴することが多いです。

それは、両親がその世代だし、僕が10代のころ、一番影響を受けたのが、戦後派の人達だったからかもしれません。

戦後派と戦無派(団塊の世代)との大きな違いは、これはあくまでの僕の印象ですが、戦後派は、諦めからスタートしている、一方、戦無派は期待からスタートしているという違いを感じます。

だから戦後派は生きているだけで儲けものという感覚なのに、
戦無派は、わがままな印象を受けます。

あくまでこれは僕の大局的な印象なので個々の人には当てはまらないでしょうが、生きた時代を変えることは出来ないけど、時代は繰り返すというのも当たりだなと思うわけです。

敗戦記念日の当日、平和を維持するために自分に出来ることは何かを考えて行きたいと思います。



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