定年後 アルバイト 労働は権利か義務か 若者たちと働いて思う

こんにちは。
こめまるです。

今日から12月、2019年も残り1ヵ月となりました。

あと1ヵ月しかないと思うか、まだ1ヵ月あるかと思うか、人それぞれです。

さて、11月29日、30日とアルバイトの掛け持ちをした。

僕は、サラリーマン時代、働き方改革のずっと前、ブラック企業という言葉もない時代を過ごし、それこそ月時間外労働100時間前後をこなして生きてきたが、だからそんな働き方は、もう絶対したくないし、これからの時代を生きる人たちにそんな生き方はしてほしくないと思う。

振り返って見てもそれが良かったとは全く思えない。
会社のため家族のためという義務でしかなかった感じ。
権利として働いたという実感は非常に薄いような気がする。
家族のためは致し方ないが、会社のためと思っていた時期もあり、今考えると怖い。

今一緒にアルバイトで働いている人たちは、高校生から大学生が多い。年齢は40歳以上違うし、下手すると孫と言ってもいいくらいの人もいる。
が、特別扱いしないで付き合ってくれるのが嬉しい。

その若者たちと一緒に仕事出来ることがいい刺激です。

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労働は権利か義務か

現在2つのアルバイト掛け持ちしているが、
一つのカフェレストランは、アルバイトのほとんど、いや僕が入っている夜に関しては、僕以外高校生か大学生です。

彼らは、学業の傍ら、アルバイトをして報酬を得ています。
それは義務でやっているからではなく、学生生活の糧のためにやっていると思われます。

実はそこまでまだ深く話を聴いていないのですが、彼らが多少の家計の助けにはなっているでしょうが、自分たちの生活を向上のためと思われます。

僕も高校生1年生からアルバイトしていましたが、それは義務ではなく権利を行使していました。
得たお金は全て自分のために使いました。
本やレコードを買ったり、友人たちとの付き合いに使いました。

だから権利として働いているので彼らは真剣で、しかも楽しんで働いているように見えます。

中には、現在大学3年生で、高校1年から6年近く働いている女子大生もいます。

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そんな彼と働いているといい刺激になります。

いつから労働が義務になったか

僕が学生の頃は、学ぶことは働くことと思い、大学に行くためにアルバイトをしていました。つまり権利を行使していたわけです。
むしろ学生の本分は、勉学ですからその時間を削ってアルバイトに精を出すというのは本末転倒ということでもあります。

でも仕送りのなかった僕にとっては、最低限の生活をするためのアルバイトは必須だったので、まさに働く権利をもってアルバイトをしていました。

しかし、いつからか仕事が義務に転じてきた感があります。
それは大学を出て就職をして、結婚して子供が出来、家族を養うために働くようになったからです。
でも家族を養う義務は、負うべき義務であり、義務を果たすことは喜びでした。

しかし、振り返って無駄で空しいと感じるのは、会社への義務です。
会社から命じられた業務をこなそうとすれば、残業、休出がついて回りました。

しかし、直接には会社は残業しろ休出しろとは言いません。
でも、会社から与えられた業務をこなすにはそれが必要になってきます。

ここが雇われる側の弱いところです。

いやここまでしか出来ない、といって拒否することはできたかもしれません。
でもそれをしなかったのは自分の責任かもしれません。

まとめ

多くの人の最期を看取った人のコメントを読んだことがあります。
詳しくは失念しましたが、会社で沢山働いた、出世した、残業、休出をして楽しかったというコメントは、全くなかったことだけは憶えています。

つまり雇われて働くということは、義務でしかなく、
義務を果たすことは権利を行使することによりずっと辛いことだということだと思います。

だから定年後、60歳を過ぎたらなら働く権利を行使したいものです。



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