五木寛之「新老人の思想」青年は老人になり荒野をめざす

こんばんは、ともやんです。

僕は、1957年生まれなので、70年代がまるまる青春でした。
その時出会ったのが五木寛之氏の小説。
当時まだ30代だった五木氏の小説は、思春期の僕に大きな影響を与えました。

「青年は荒野をめざす」「青春の門」などの青春物、「さらばモスク愚連隊」「青ざめた馬を見よ」などのロシア物。

進学校でない高校に通っていながら五木氏と同じ早稲田大学に行ったのも、仕事で何度もモスクワに行ったのも五木氏の影響の表れでした。

そしていま五木氏は85歳。ご健在で精力的に仕事をされています。
自分の思いを後世に残したいという熱いお気持ちで数々の著書を出されています。

10代頃から慕ってきた五木氏の考え方は素直に僕に入ってきます。

五木寛之「新老人の思想」

本日、近所のブックオフで手にして購入した本です。
帰宅後読み始めましたが、まさに僕が考えていたこれからの生き方そのものでした。

本の出だしから度肝を抜かれます。

とんでもないことになってきている。
この国がである。私たちの住んでいる日本列島がである。

から始まって、五木氏にしてはかなり扇情的な文体で展開します。

そして「老人は荒野をめざす」というフレーズが出てきます。

そう、本ブログのタイトル(現在は副題)が「中年は荒野をめざす」なのですが、実は、当初、中高年にしようか、老人にしようか、と迷ったのです。

本ブログを立ち上げた時は、まだ50代だったのでさすがに老人とは言えなかったので中年にしたのですが、気持ちはこれからの自分の老人としての生き方、考え方を綴っていこうと始めたブログです。




重松清 「定年ゴジラ」の世代

僕は、もう40代の時から死ぬまで働くと考えていたので、
五木氏の説く、老人の自立という考えはすんなり頭に入ってきます。

むしろ、現在70才を目前にしている団塊の方達はどうとらえるのでしょうか?

五木氏の世代は、戦中派と呼ばれ、若い頃は大変でしたが、年金も出て、
割と老後はのんびり出来た世代ではないでしょうか?

私の父がそうですし、現在読んでいる重松清氏の「定年ゴジラ」はその世代の方達を描いています。

「定年ゴジラ」は、1998年に出版されています。その時定年を迎えている訳ですから、主人公たちは現在80歳前後。どちらかというと定年になってやることがなくて困っている世代という設定です。

でも、これからは老後なんて言ってられないのでしょうね。

つまり、定年ゴジラ世代は、定年になってやることがなくて困っている。逆に考えれば何かをやってもいい訳で、選択肢は広かった。

しかし、僕の世代から後の人達は、選択肢は、働き続けるしか無くなるんじゃないかな?と思います。

簡単に言えば、自分のことは自分で面倒みようです。

これは覚悟が必要ですね。



老後の生き方の大転換

新老人の思想とは、

未来に不安と絶望を抱きながらも、体力、気力、能力は衰えず、アナーキーな思想を持った新しいタイプの老人たちのこと。

次の画像は、本のカバーのメッセージです。

まとめ

僕は、人生の一番多感な時期に五木氏の小説に出会いました。

どこかで五木氏のような生き方を求めたいたのかもしれないし、
五木氏の根底に流れる他者に頼らない生き方、自立した生き方に同調していたのだと思います。

そして、五木氏が命の限り、後世に残しておこうというメッセージをしっかり受け止めてあと何年生きるかわからないけど、最後は、老木がボキっと折れるように往きたいと思っています。




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