ロシア、国家と人民のギャップ

おはようございます、
ともやんです。

プーチン大統領が来日していますね。
これに対して特にコメントはありません。

僕はロシアについていつも思うんですが、これほど国家と国民にギャップを感じる国って少ないのではないかな?って思います。

これはあくまで僕の主観で、学術的ではないんですが、実際にロシアに行って、そこに住む人たちと接したこと、国家としてマスメディアから報じられることから感じられることのギャップがとてもある国のように思います。

僕は、1989年から1994年、足掛け6年に渡り、仕事でモスクワに行きました。
延べ15回ほど行ったでしょうか。

スモレンスクというモスクワから西に400キロ離れた街にも行きました。

仕事での滞在は、毎回3日から4日ほどで長期の滞在はありませんでした。
でも仕事や宿泊先のホテル、そして街で出会った人たちとの思い出は忘れることはありません。

初めて行ったのが確か1989年11月。モスクワは吹雪凄まじく、気温もマイナスだったと記憶します。とにかく凍えていたことを思い出します。

そこで知り合ったタクシードライバー。
名前はミハイル。

まだまだ表情にあどけなさが残る金髪で水色の瞳が印象的な青年。
白タク業を生業としていたようでした。

照明も薄暗いシュレメツィボォ国際空港。当時はまだソビエト連邦時代で、シュレメツィボォ空港もかなり悪評が高かったようです。

1985年にゴルバチョフが共産党書記長に就任してペレストロイカとグラスノスチを進めていましたが、空港のイメージからは、まだまだ暗い国という印象でした。

さて、空港からモスクワ市街地まで約40km。

どうやって行くか、と思案していたらそこに近づいてきたのがミハイルでした。普通なら警戒するところですが、その時は同僚も一緒だったのと、彼は片言の英語も話せたので、交渉の結果、モスクワのホテルまで乗せて行ってくれることになりました。

ミハイルのクルマは、東ドイツ製のトランバット。
まぁ、乗り心地は、日本車とは雲泥の差。
昭和30年代の日本車でもましだったかもしれません。

驚いたのが、乗り降りするときにいちいちワイパーを取り外しすること。
付けたままにしていると、どうも取られてしまうらしい。

ミハイルは社交的な性格か、車内では色々話しかけて来ましたが、ロシア訛りの強い英語なので何言ってるかわからなく、何言ってんだ的なやり取りがほとんどで、

その度に我々の方に振り返り説明しようとするので、
「おい、前見て運転しろ!」
と何度も怒鳴ったものです。

なんとか無事にホテルに到着。

さて料金を払う段になって、僕らは、いくら吹っかけてくるんだと
身構えていたら、彼の答えは意外なものでした。

なんでもベリオスカという外国人専用のお土産物屋で、ビデオテープを買ってほしい、というものでした。どうも現地の人たちはそこでは買えないらしい。

ビデオテープを何するんだと聞いたが、ミハイルは苦笑いしてはっきり答えなかったけど、多分横流しでも企んでいたのでしょう。

ビデオテープ2本を運賃としてミハイルに渡して交渉成立。

ビデオテープの値段は忘れたけど、日本円としては大したことはなかったと記憶します。

結局、僕らは、滞在期間中ミハイルを足代わりに使いました。
気のいい彼は特に僕らに何かを要求することもなく、料金と言えばビデオテープのみ。

最後空港で別れる時にはすっかり彼と親しくなっていました。

あれから20数年、ミハイルは元気にロシアで暮らしているんでしょうか?

でも、僕が初めてのモスクワを訪問してミハイルに出会えたことで、ある意味警戒心を持っていたロシアに対して非常に好感を持つようになったことは確かです。

そしてその後の10数回の訪問でも、ロシアで出会った人たちから嫌な思いをさせられたことは一回もありませんでした。





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