思い出 面影橋からの神田川 生きる糧としての記憶を辿るそして作る

おはようございます!

東京は桜が満開で、すでに散り始めているところもありますね。
僕は毎年桜の季節に一人で花見をしています。

と言っても、花を見ながら飲食をするわけではなく、僕が東京に来てから関わりのあった場所を桜の見ながら巡るということです。次女が高校3年から始めたので、今年で4回目になります。

人生が終わるまでか、動けなくなるまで続けていと考えています。
あと何回出来るでしょうか?



思い出 大学生時代

僕が早稲田大学に入学したのが、1977年4月の事でした。
もう41年前のこと。大久保一丁目の3畳一間の下宿にいたのがついこの間の事のようです。

大学前の喫茶店でアルバイトをしながら大学に通っていました。

僕はどちからかという淡白な性格で、過去に捉われるよりもこれからのことを考えて生きるタイプだと思っています。また、妻からも指摘されますが、過去の出来事は忘れやすい性格でもあるようです。

さてそんな僕が、次女が高校3年になった2015年4月に何を思い立ったか、大学時代に住んでいた周辺を見てみたくて、花見がてらに行くことにしました。

コースは、

JR目白駅→学習院大学構内→面影橋から神田川の桜花見
→都営荒川線面影橋駅から早稲田駅まで→大隈商店街でランチ
→早稲田大学構内→都立戸山公園→大久保一丁目に住んでいた下宿
→JR新大久保駅から帰宅

なんで学習院大学から始めたかはよくわかりませんが、実はこの2年後に、次女は、この近くの日本女子大学に入学することになりましたが、その時は全く思いもよりませんでした。

理由は、単に好奇心からだったと思います。
単に学習院大学が近くにあったと思いながら、実は場所も良く知らなかったし、中に入ったことも無かったので、単に好奇心だけだったと思います。

学習院大学は、その敷地の広さに驚きました。都心の一等地にこれだけ広大は面積の敷地を有し、乗馬部用の馬場まであって、さすが学習院という感じでした。

多分春休みで構内を歩く人も少なく、僕は単にお上りさん気分で見学して回った記憶があります。

思い出 面影橋から見る神田川

僕は学生時代西早稲田および早稲田鶴巻町に住んでいましたが、どちらかというと早稲田通りの方で、新目白通りの面影橋には行った記憶がないのですね。

せいぜい、当時あった安部球場から坂を下ったグランド坂下から都電の停留所あたりまでが
生活圏で、面影橋という名称は知っていたのですが、学生時代には行った記憶がないのです。

そこで、面影橋に上京以来40年近く経って行ったのです。
そこからの神田川に掛る満開の桜並木に感動して、僕は2015年以来毎年行くことにしました。

面影橋の目の前に、都営荒川線(東京さくらトラム)の面影橋停留所があり、
久し振り一駅だけですが乗ってみました。




思い出 都立戸山公園

僕は大学に入って2年間は大久保一丁目の下宿にいました。
大学までは、約20分ほど歩いて通っていました。

その時通るのが、戸山公園だったのです。
戸山ハイツという巨大な団地群がありました。

当時は風流な気持ちもなかったのですが、今行くとなかなか楽しめる公園で
桜の季節は家族とくればかなり楽しれる場所です。

まとめ

若い頃の思い出は、多少後悔の念を持たせます。
今思うともっと楽しめばよかった思うことが多いですね。

あの頃はなんで余裕がなかったのだろうとか、切羽詰まっていあtのだろうかとか、
見識が狭かったのだろうか、と思わずにはいられません。

いまなら何でもないことを気にしたりして、僕はどちらかという若い頃が臆病だったのに、
中年以降解放されたように思います。

だから、いまも思いで作りの毎日なんだな、と思います。
今を生きる、今を楽しむことが結局大切なんですね。




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