猫の死が教えてくれたこと

おはようございます。
還暦まであと5日。

僕が60才になるまで生きてほしい、という願いも届かず、
愛猫コメは、昨日29日(火)朝に逝きました。

享年14才。

人間でいうと70代前半くらいだそうですが、病気にならなければもっと長生きできたのにと残念でなりません。

猫はしゃべれないのですから飼い主は定期的に検診をしないといけないですね。

さて、27日(日)に6回目の点滴を受け時に、獣医の言葉の変化から、もう長くないな、と悟っていました。

でも帰宅後は、食欲はあったし、僕はコメがもっと美味しいものを食べたいかも、と思いスーパーで少し高めの缶詰など大量に買ってきていました。

翌朝28日(月)は、リビングには出てこなかったけど、
ソファの下で美味しそうに缶詰を食べていました。

僕がコメの食事姿を見たのはそれが最後だったのです。

その晩は、妻がエサをやり、ペーストエサを少し食べた、と言っていました。

そして29日(火)朝。

コメが入り込んで切る物置棚の隙間に窮屈な姿で入り込んでいたので、
名前を呼ぶと弱々しく返事をしました。

僕はすぐそこから出してやり、シートを敷いた浅い段ボールに移してやりました。

そして立ち上がれないコメにスプーンで水や、ペーストエサを口の近づけましたが、コメは口にすることはありませんでした。

6時に次女が出掛けるというので、車で駅まで送るとき、
次女が声を掛けると何度かかわいい声で返事したそうです。

僕は残念ながら先に車に行っていてその声を聞かなかったのですが、
妻はあとで何度もその時の頃はそれこそ愛しいものだったと言っていました。

結局、その声はコメの発した最後の鳴き声だったと思います。

僕は戻ると、コメは軽い痙攣を起こすようになりました。
すぐに妻と長女を呼んで、コメを見守りました。

僕と長女はそれぞれ会社とバイト先に行かなければならず、
後ろ髪を引かれる思いで家を出ました。

妻が最期を看取りましたが、最後は息をする間隔も空くようになり、
静かに息を引き取ったそうです。

※長女が作り部屋に飾ったコメのアルバム

コメには、6回の点滴をしました。

3回目くらいでもしかしてこれはかえって苦しめているのではないか、
と思ったりもしましたが、その度に生きる意欲を見せる、コメをみていると続けることにしました。

また安楽死という考えも頭をよぎったのですが、これも飼い主の勝手であり、天命を待つことにしました。

この約1ヵ月、毎日懸命に生きるとコメから僕は言葉に出来ないことを多く学びました。

いや言葉に出来ないことはないけど、いまは整理ができない、というのは本音でしょうか。

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