70歳 先輩の訃報

生活
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こんにちは、
こめまるです。

会社員時代の先輩から訃報が届いた。
共通の先輩である、元の会社の70歳の方が亡くなったということだ。
その先輩からの連絡を元同僚にLINEで連絡した。

その元同僚は、亡くなった先輩とは年賀状のやりとりがあり、既に知っていた。
最初に知らせてくれた先輩は、急逝と伝えていたが、元同僚は、虚血性心不全によると書いてありましたが何か持病があったのかもですね、と伝えてきた。

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亡くなる人が年が近い

亡くなった先輩は、70歳だったそうだ。仕事をしていた時は、もっと年上かと思っていたが、意外と近いな感じた。知らせてくれた先輩も僕が連絡した元同僚も同じ印象だったようだ。

僕がその先輩と最後に会ったのは、確か5年前の2019年の年末だった記憶する。
僕はその年の7月末に37年4ヶ月勤めた会社を退職していた。入社から定年まで35年6ヶ月勤めて、1年10ヵ月の再雇用期間を過ごして退職したのだ。
もっと再雇用の頃から、あまり仕事がしたくなかった。いや仕事自体は好きだったし、一緒に働く仲間たちもいい連中ばかりだったが、経営者が嫌いだった。

再雇用になれば、経営者との関係も希薄になると思っていたが、毎週月曜日の朝に報告に行く業務があり、それが耐えられなかった。

簡単に「ありがとう」「ご苦労様」で済むところをごちゃごちゃ言ってくるのだ。それがムカつく。正社員時代は、それなりの報酬は受けていた。しかし再雇用になれば、約2/3以下になる。雇う側と雇われる側の関係は、報酬額だ。どんな美辞麗句を並べられても報酬額が下がれば、ムカつくだけだ。そして報酬が下がれば、いままで我慢できたことも我慢できなくなる。その経営者にはそんな感情だった。退職した時は、この人には、もう生涯会わないだろうなと感じた。

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悔いのない人生を送れるか

人生は選択だ。大きくは進学、就職、結婚などがあるが、小さくはランチ何しようか、何時の電車に乗るか、日々の生活の中で、数々のことを自然に選択しながら生きている。

でもその選択が全て正解かどうかはわからない。時には間違いもあるし、いや間違うことの方が多いのかもしれない。だから悔いのない人生なんてあり得ないと僕は思っている。

70歳で亡くなった先輩について、知らせてくれた先輩も元同僚も同じことを言っていた。

元同僚の方は、昨年3月に奥さんを癌で失くしていた。日々思い残すことがないように生きたいね、と二人共伝えてきた。

悔いのない人生はないかもしれない。でもそう送りたいと生きればいいかなと思う。

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最後に

今年の元旦ほど衝撃的な日はなかった。なんと言っても地元富山に近い能登半島で大きな地震があり、多くの方が亡くなり被災者となったことだ。
そしてその少し後で知った、大江英樹さんの訃報。10日ほど後で友人が知らせてくれたのだが、元旦に亡くなったとのことだった。前年後半に病で入院されていて、その後退院してこれから元気になったまた活動されるものとばかり思っていた。71歳だった。
そしてその6日後に合唱団のメンバーが亡くなった。やはり71歳だった。その方とは2月3日のベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の公演で一緒に歌うものとばかり思っていた。癌を患っていて抗がん剤で頭髪が抜け、いつも毛糸のキャップを被っていた。

そんなことでこれからは、悔いなく生きることが最大の目標ですね。



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