定年ゴジラの感想 古き良き時代のおとぎ話になるでしょう

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おはようございます!

今週の週末は仕事です。
もちろん、代休は頂きますが、定年後も良く働くなと思います。

働き方改革と言われますが、ある程度の世代の幅のある会社で働いていると
その世代によって考え方も違うなと思うものです。

さて、重松清作の”定年ゴジラ”という小説を読みました。
それについて感想を書きます。



定年ゴジラの感想 時代背景

定年ゴジラの舞台は、1997年~98年、平成9年から10年の新宿から電車で2時間(多分間違い)にあるニュータウンで定年退職した4人が直面する出来事を描いています。

分中にもありますが、主人公の山崎さんが、1937年(昭和12年)生まれ。
だから現在ご健在なら80才を超えています。

最年長が、町内会長の古葉さんで多分1931年(昭和6年)頃の生まれ、同じく野村さん、藤田さんは山崎と同年代の設定です。

まず、現代との大きな違いは、4人ともまったく働いていないということです。
収入の話は出てきませんが、住宅ローンも終って、会社からの退職金と年金で生活できるところが現代との大きな違いでしょう。

だから、彼らの20年後に定年を迎えた僕から言わせるとひと言”羨ましい”です。

僕の父親は、彼らより少し上の1933年(昭和8年)生まれですが、定年後もしばらく働いていましたし、いまも元気にしています。
しかし、妻の父親は、まさに小説の主人公たちを地で行っている様に、50代で退職後は全く働かず、年金暮らしです。

しかも1970年に出来たニュータウンに入って家族を育てたわけですから、まさに小説と同じような設定なんですね。

ついでに書きますが、その子供世代の作者の重松氏は1963年生まれ、妻は64年生まれです。

定年ゴジラの感想 現代との比較

まず、主人公の山崎さんと僕を比較してみましょう。

山崎さんは、新潟県出身で高校卒業後、東京の銀行に勤務してそのまま40年以上勤務して60才で定年退職。

家族は、妻と娘二人。

定年後は、年金生活。

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この辺に関しては、小説では全く出てこないのですが、山崎さんは全く収入を得るための行動はしていないので、退職金と年金で生活しているものだと思われます。

一方僕は、山崎さんと違うところは一浪して大学に行って、しかも留年しているので遅れること6年の24才で就職。そのまま、36年勤務して定年退職。
そしてそのまま再雇用で同じ職場で働いています。

家族は、妻と一男二女。

山崎さんとの大きな違いは、退職金は中小企業で少なく、年金は63才からなので、
生活のために働かなくてはならないということです。



定年ゴジラの感想 これからの定年後

僕が定年を迎えた20年前と、これからの20年後の違いは全く違った世界になっています。

定年ゴジラの舞台になった、90年代後半は、定年退職しても年金で生活出来たのです。
だから、定年後は何をしていいかわからなくて、困った世代です。

僕らより下の世代から言わせると羨ましい限りです。

そしていま定年になった僕らは、生活のために働かなくてはなりません。

そして、僕より下の世代は、もう定年という制度もなくなるかもしれません。

つまり何をしていいかわからないという甘えた考えではなく、
どうやって食っていくのか、という切実なことになってきます。

まとめ

定年ゴジラは、現役時代は遮二無二働いたサラリーマンが、定年によって自分や家族、友人などを見直す時期を獲得しています。

勤めた企業によっての違いはあるでしょうが、定年まで勤めればなんとかなるという時代だったと思います。

でも僕らより若い世代は、定年は通過点でしかなく、しかもその制度自体も無くなるかもしれません。

国にはもちろん、誰にも頼らず人生を終える覚悟が必要な時代になったと思います。




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