終活について 定年後の今だから真剣に考えてみたいこれからの人生

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おはようございます。ともやんです。

 

今日は土曜日でお休み。
ただ、明日は仕事なんですね。

 

定年になって契約社員ですので、代休はちゃんと取ります。
定年後の10月1日から所定休日はちゃんと消化して有休も2日間取ったので自分としては合格点です。

 

日本の文化は、どちからというと情に流される傾向もあり、僕も現役時代は、そういう部分もありましたが、契約通りにドライに行きますよ。

 

さて、60才で定年になり、最期の時期が身近になってきました。

 

特にここ1年足らずにお世話になった方が、70代前半で相次ぎに亡くなり、あんなに元気になったのに、と残念に思ったものです。



終活について考えてみた

終活という言葉は、就活、婚活、妊活など、なんでも活付ければいいのかい!?と突っ込みたくなります。

また商売に繋げたいとかビジネス化などうさん臭さも感じるので、正直、この言葉を聴いて、胡散臭いものを感じたものです。

 

でも、言葉の好き嫌いは別として、自分が逝った後のことは、残された家族のために資料として残しておきたいと定年後つと思うようになりました。

 

特に先のお世話になった方の通夜に伺った時、遺影にきちんとしていて、「これ、いつ撮ったんだろう?」なんて、焼香しながら考えてしまいました。

 

そのお世話になった方は急死で、前日まで仕事をされていて、奥様の話によると、当日も普通に朝食を摂られ、元気に出ていったのに、とおっしゃっていました。

 

だから、余計、こんな立派な遺影はいつ、どうやって用意していたんだろう、なんて不謹慎にも考えてしまったのです。


終活なんて必要ない!?

この世に生まれて来る時とこの世に別れを告げる時も自分の預かり知らないことで、どうやって生きて行くかだけ考えて行けば良い、という考え方があります。

 

僕も少し前まではそんな感が方で、いつ終わりになるかわからないことに、時間と神経を使ってもしょうがない、と思っていました。

 

だから、終活という言葉にも嫌悪感を感じていましたし、特に終活ビジネスなどは聞くだけで、嫌な気分になっていました。

 

でも、自分のことと考えるより、残される家族が当面困らないように、
伝えておくとは大事とも定年と前後して考えるようになりました。

 

これは、終活というよりも、夫として親としての使命感から来たのかもしれません。

まとめ

いつ訪れるかわからない最期。
でも必ずその時はやってきます。

今日かもしれないし、20年後かもしれません。

 

人生の最期に備える(今後このブログでは終活という言葉を使います)ことは、地震などの災害に備えることと同じことだと思います。

 

災害は、運良く来ないこともありますが、最期は誰にも100%やってきます。

 

しかもその時は、自分は何もできないのです。

 

だから、あんなに嫌っていた終活は、やはりしておいた方が良い、
というのが今の僕の考えです。

 

今後、このブログでも終活について考えて行きます。



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